体育部会 学校で体育をすることの意味(3年次)(2025年度 第88回教育実際指導研究会)
- 教科・単元、キーワード
-
- 体育・保健体育
- 探究力・活用力
- 社会情動的スキル
- てつがく
- 対話的な学び
- 主体性
- コンピテンシー
-
- 問題解決力
- エージェンシー
- 校種・学年
-
- 小学校
- 小1
- 小4
- 小5
- 校種間連携
-
- 概要
-
繰り返しになるが、体育部会の研究テーマは「学校で体育をすることの意味」である。初年度、体育部は、なぜ学校で「体育」をするのか、という問いから出発した。そこで語られる「体育」は、学習指導要領通りに実施することを目的とした、いわゆる一般的な「体育」であった。「学校で体育をすることの意味」を考える前に、そもそも「体育」とは何かということについて考え、外すことのできないのは「身体」であると結論づけた。そこから、「身体を起点としたエージェンシーベースのカリキュラム」を構想したのである。
しかし、今年度の研究から、これまでとは異なる景色が見えてきた。それは、ここで起こった実践は、あくまで関係の内部作用の中で起きた出来事であるということである。そこには、人間だけでなく、物質や空間、時間にもエージェンシーがある。そこでは、それぞれの諸要素がフラットであるため、身体が「起点」ではなく、身体に「注目した」見方に過ぎないことがわかった。
ここで、もつれの中で切断したものが出来事でありエージェンシーの出現だという視点に立ち、改めて私たちがやっていることは何なのだろうかと〈〉を考えてみたい。私たちの実践〈〉は、参観者から一般的な「体育」ではないと言われることが少なくない。そこで、「体育」をバトラーの視点に立つことで見えてきたのは、私たちの〈〉の出発点が、学習指導要領ではなく、子どもの思いや活動、そこで生まれる出来事ということである。そこで実践される子どもを出発点にした〈〉の内容は、その場で子どもと共— 構成し、生まれていく。
では、私たちの実践は一体何だと言えるか。それは、私たちにとってそれはやはり〈体育〉だと言える。しかし、それは、このお茶小という場で、お茶小の子どもたちと教員が織りなす様々な出来事の連続として生起する、唯一無二の〈お茶小の体育〉なのである。なぜならば、ここで起きている〈お茶小の体育〉は、ここで過ごす子どもたちや体育部、校舎、校庭、体育館、これまでの文脈といった、この場でしかあり得ない状況で共—構成され続ける実践なのだから。
出典:第88回教育実際指導研究会(2025年度)発表要項, p.86-91. - コンテンツ担当者・著者
-
お茶の水女子大学附属小学校 江部紀美子・神谷潤・神﨑芳明・和氣拓巳
- 論文・教材本文
- 体育部会 学校で体育をすることの意味(3年次)(2025年度 第88回教育実際指導研究会)
- 関連情報
- 体育部会 学校で体育をすることの意味(2年次)(2024年度 第87回教育実際指導研究会)
この教材を閲覧したユーザーは以下の教材も閲覧しています
- 登録日時 2026-06-18 16:07:48
- 更新日時 2026-09-02 15:48:28
- ページビュー数 24回
