教育格差の地理的考察―都道府県別の統計から見えてくるもの―(2019年度 高校研究紀要 第65号)
- 教科・単元、キーワード
-
- 社会・地理歴史・公民
- SDGs(持続可能な開発目標)
- 現代的な課題
- 校種・学年
-
- 幼稚園
- 小学校
- 中学校
- 高校
- 小1
- 小2
- 小3
- 小4
- 小5
- 小6
- 中1
- 中2
- 中3
- 高1
- 高2
- 高3
- 校種間連携
-
- 概要
-
2019 年4 月の東京大学学部入学式における上野千鶴子氏(認定NPO 法人 ウィメンズ アクション ネットワーク理事長、同大学名誉教授)の祝辞1 が大きな話題となった。上野氏は祝辞で、日本の性差別、努力と環境、知を生み出す知などについて語った。努力と環境に関しては次のように述べ、「激烈な競争を勝ち抜いて」入学式を迎えた東大生に、努力が報われる恵まれた環境で育ったことに自覚的になってほしいと伝えている。
・ あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。
・ 世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと... たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
・ あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。
一方、2019 年10 月には大学入学共通テストに導入が予定されていた英語民間試験について萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言2 があり、教育の機会均等を否定し、格差を容認するものではないかと、受験生や教育関係者等から批判を受けた。萩生田氏はこの発言を謝罪・撤回するとともに、11 月には「大学入試英語成績提供システムは現時点において、経済的な状況や居住している地域にかかわらず等しく安心して試験を受けられる配慮など、文部科学大臣として自信を持って受験生にお勧めできるシステムになっていないと判断せざるを得ない。」として英語民間試験導入の見送り・延期を表明した。
上野氏が祝辞で触れた努力と環境の関係および萩生田氏の「身の丈」発言で注目された教育の経済的・地理的格差について、松岡亮二(2019)は、「出身家庭と地域という本人にはどうしようもない初期条件によって子供の最終学歴は異なり、それは収入・職業・健康など様々な格差の基盤となる。つまり、日本は『うまれ』で人生の選択肢・可能性が大きく制限される『緩やかな身分社会』なのだ。」3 と述べている。松岡は戦後から現在までの動向、就学前から高校までの各教育段階、国際比較と、教育格差の実態を様々な調査データから検証し、分析結果を次の①〜⑩にまとめるとともに、採るべき現実的な対策として⑪〜⑬の3項目を提案している。
① いつの時代にも教育格差・子どもの貧困がある。
② 教育意識の地域格差は2000 年代以降拡大している。
③ 住民大卒割合の地域格差が戦後一貫して緩やかに拡大。
④ 格差は未就学時点で存在。親学歴によって異なる時間を過ごしている。
⑤ 「多様な(背景の)子が通う公立校」は小学校であっても幻想に過ぎない。
⑥ 中学校入学時点での経験の蓄積に大きな格差があり、中学校教育への適応度と関連している。
⑦ 私立中学進学層が抜けても公立中学校間には大きな社会経済的地位(SES4)格差がある。
⑧ 高校受験によって、小中学校よりも大きな「生まれ」の学校間格差が生じる。
⑨ 他国と比較すると日本の児童・生徒のPISA 平均値は高い。しかし、「生まれ」による学力格差について日本は凡庸(平均的)な社会である。
⑩ 他国と比べて日本の高校教育制度は特異。中退があり得る、教員の期待が低い教育困難な低ランク高は低SES 校でもある。
⑪ 価値・目標・機能の自覚化、「扱いの平等」の限界、教育制度の選抜機能を意識した上で、現状把握なき「改革」のやりっ放しを止めよう。
⑫ 分析可能なデータの継続的収集・効果測定による実践の漸次的改善を通して、一人でも多くの可能性を最大限に開花させよう。
⑬ 教育格差を学ばずに教員免許取得が可能な現状を改め、「教育格差」を必修科目にしよう。
分析結果10 項目のうち①〜⑦において、主として地域住民のSES の差から生じる地域格差(努力の成果の相違をもたらす環境の差)の存在が指摘されている。そこで本稿では比較的データが入手しやすい都道府県単位の統計から地域格差の現状を明らかにし、日本の教育格差について地理的な側面から考えてみたい。
出典:2019年度 高校研究紀要 第65号, p.49-60. - コンテンツ担当者・著者
-
お茶の水女子大学附属高等学校 菊池美千世
- 論文・教材本文
- 教育格差の地理的考察―都道府県別の統計から見えてくるもの―(2019年度 高校研究紀要 第65号)
この教材を閲覧したユーザーは以下の教材も閲覧しています
- 登録日時 2020-07-20 13:39:40
- 更新日時 2024-07-29 14:08:20
- ページビュー数 1418回